多様な編機の発明の背景

自動編機の発明

自動機の成型式横編機の発明はアーサー・パケット(英)、リューク・バートン(英)…1857年

1769年、サミュエル・ワイズが手動横編機を機械化したが、編地の幅を広くしたり狭めたりする成型商品作りは相変わらず手作業であった。1857年、パケットはこの成型作業を編成中に自動的に行う方式の開発に最初に成功する。
パケットとバートンは開発にあたって技術交流をしていたようで、その成型の仕方は類似しているが、パケットの編機がワンレングスタイプ(単体形)であるのに対し、バートンの編機はガーメント・レングスタイプ(複合形)となっている。
靴下工場ではパケットタイプの編機を5台単位で1セットとし、このうち3台で身編み部の編成を行い、2台をかかと、つま先、足底部用に使い効率を上げたと伝えられている。
この同時期に、アメリカのJ・ヒンチマンとCE ・キルボーンも成型式編機を開発しているが、両者の記録は残っていない。

Vベット型横編機の発明はアイザック・ウィリアム・ラム(米)…1863年

アイザック・ウィリアム・ラムは、マシュー・タウンゼントが発明した「べら針」を採用することで、ひげ針で必要であったプレスとドローを除くことに成功した。
カムとヤーンガイドを内蔵するキャリッジを付けることにより、針が独立的に制御されるようになり、プレーンステッチだけでなく、リブステッチ、タックステッチまでも可能になった。しかも、この編機は、家庭でもストッキングや衣服が編めるほど操作が簡単であった。まさに、ニット産業の新しい時代を切り開く画期的な横編機の開発であったと言える。
ロンドンの大英博物館には、ラムが直接製作を指導したと伝えられる横編機が保管されている。その編機には「ラム編機製作会社、チコビー・フォールズ、マサチューセッツ、特許 1863年9月、1865年10月10日」と付記されている。
初期のカム装置
初期のカム装置
初期の針床
初期の針床

(参考資料 江尻久治郎著 横編技術入門)

フルファッション編機の発明はウィリアム・コットン(英)…1864年

ウィリアム・コットンは本機を開発する前に、いくつかの改良に関する特許を得ている。一つは作動動作の改善により編み能率をよくしたものであり、もう一つは編成作動中に生地を成型するための、「目減らし」と「目増やし」に関するものである。
その他いくつかの改良による特許を得ながら、彼は完璧な編機にすべく開発を続けた。そして1864年、「ひげ針」を可動バーに垂直に取り付け、シンカーを水平に作動させるフルファッション編機を発明する。彼の編機は「コットン機」の呼び名で現在まで伝えられている。
FF(フルファッション)靴下機
FF(フルファッション)靴下機
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